デジタルフォレンジックとは、スマートフォンやパソコン、クラウドサービスなどから生成・活用されるデジタルデータを対象に、不正行為や犯罪の証拠を収集・分析・保全する専門分野です。
生活にデジタル技術が深く浸透した現代社会において、その利便性の裏側ではサイバー犯罪や企業内不正といった新たな脅威も増加しており、デジタルフォレンジックへの関心が高まっています。
本記事では、デジタルフォレンジックの基本概念から具体的なプロセス、活用事例、そして将来の展望までを包括的に解説します。

目次
- 1 デジタルフォレンジックとは
- 2 デジタルフォレンジックの目的
- 3 デジタルフォレンジックの調査の流れ
- 4 デジタルフォレンジック調査の種類
- 5 デジタルフォレンジックの具体的な事例紹介
- 6 デジタルフォレンジック導入のメリット
- 7 デジタルフォレンジック導入の課題
- 8 捜査を妨害するアンチフォレンジック技術とその対策
- 9 デジタル証拠の法的有効性と日本における関連法規
- 10 デジタル社会の安全を守るデジタルフォレンジックの未来
- 11 侵入されても、発症させない。ゼロトラスト型エンドポイントセキュリティ「AppGuard」
- 12 攻撃手段 / 対策製品の違い / トレンド情報 など 一冊で基本がまとめてわかる! 新米セキュリティ担当者さま必見の教科書
デジタルフォレンジックとは

デジタルフォレンジックとはコンピュータやスマートフォン、ネットワーク機器などのデジタルデバイスや記録媒体から法的な証拠となり得る情報を収集、保全、分析し、その結果を法廷などで提示可能にするための一連の科学的調査手法や技術のことです。
法科学(フォレンジック・サイエンス)の一分野であり、その原則をデジタル世界に適用したものです。デジタルフォレンジックの根幹には、証拠の「完全性」と「証拠能力」を維持するという法的要請があります。
つまり、収集されたデジタル証拠が改ざんされることなく、法的手続きにおいて有効なものとして認められるように、厳格な手順に従って取り扱われなければなりません。この法的基盤に基づく厳格な取り扱いこそが、ITセキュリティやデータ復旧とは異なる、デジタルフォレンジックの本質的な特徴です。
なぜデジタルフォレンジックは重要視されているのか?
私たちの日常生活や経済活動のあらゆる場面でデジタルデータが生成・活用される現代において、犯罪や不正行為もまた、その痕跡をデジタル空間に残すようになりました。
デジタルフォレンジックはこれらの見えにくい電子的証拠を明らかにします。インシデントの原因を究明したり、責任の所在を特定したり、あるいは訴訟に備えたりするために不可欠な手段です。
特にデジタルデータは、物理的な証拠と比較して容易に削除、複製、改ざんが可能であるという特性を持っています。このため、証拠となる可能性のあるデータを迅速かつ確実に保全し、その真正性を担保するための専門的な技術と知識が必要です。
もし適切なフォレンジック手法を用いなければ、重要な証拠が失われたり、法廷でその価値が認められなかったりするリスクが生じます。
インシデント発生後の対応だけでなく、将来の同様の被害を防ぐための再発防止策の策定や、組織のセキュリティ体制の評価と強化にもつながるため、その役割は事後対応と事前予防の両面にわたっています。
デジタルフォレンジックの目的

デジタルフォレンジックは、主に以下のような目的で実施されます。
- インシデントの原因究明と被害の特定ー攻撃の手法、侵入経路、影響範囲、漏えいした情報の種類などを特定し、被害の全容を明らかにする
- 法的証拠の収集と保全ー刑事事件や民事訴訟、あるいは社内不正調査において、法的に有効な証拠となるデジタルデータを収集し、その完全性と真正性を保全
- 不正行為の抑止と再発防止ー企業や組織がデジタルフォレンジック調査を導入し、不正行為に対して厳正に対処する姿勢を示す
- セキュリティ体制の評価と強化ー組織の情報システムの脆弱性やセキュリティ対策の不備を明らかにし、具体的な改善策を実行して、セキュリティ体制全体の強化につなげる
これらの目的は相互に関連しており、包括的なデジタルフォレンジック戦略により、組織の情報セキュリティ全体の向上と持続的な改善サイクルの確立が可能です。
デジタルフォレンジックの調査の流れ

デジタルフォレンジックの調査は、一般的に米国国立標準技術研究所(NIST)などが提唱する標準的なプロセスに沿って進められます。証拠の特定・収集・保全、調査・解析、分析、報告という4つの主要な段階から構成されており、各段階で専門的な技術と厳格な管理が求められます 。
証拠の特定、収集、保全
調査の第一段階では、インシデントに関連する可能性のあるすべてのデジタルデバイスや記録媒体を特定することから始まります。対象となるのは、PC、サーバー、スマートフォン、USBメモリ、クラウドストレージなどさまざまです。
刑事事件の場合、法執行機関が法的手続きに基づいて証拠物を押収し、その後の取り扱いについて厳格な管理連鎖(Chain of Custody)を確立・維持します。
証拠の完全性を保つため、フォレンジック専門家は元のデバイスやメディアに直接手を加えるのではなく「フォレンジックイメージ」と呼ばれる完全な複製を作成します。
この際に必要となるのが、ハードドライブデュプリケーターや専用のフォレンジックイメージングツールの使用です。ビット単位での正確なコピーが保証されます。
複製が完了した後、元の証拠物は安全な場所に保管され、以降の調査はすべてこの複製に対して行われます。
インシデント発生時の初動対応は極めて重要です。対象機器の安易な再起動や初期化、市販のデータ復旧ソフトの使用などの誤った操作は、メモリ上の揮発性データや一時ファイルなどの重要な痕跡を消失させ、後の正確な調査を著しく困難にする可能性があります。
したがって、証拠保全の原則を理解して適切に対応することが、フォレンジック調査全体の成否を左右すると言っても過言ではありません。
証拠の調査・解析
収集・保全されたデジタルデータ(フォレンジックイメージ)に対して、専門家が詳細な調査を行います。この段階では、データやメタデータをくまなく調べ、サイバー攻撃の痕跡、不正行為の証拠、あるいはインシデントに関連するあらゆる情報を探し出します。
調査対象となるのは、Webブラウザの閲覧履歴、電子メール、チャットログ、削除されたファイルやフォルダ、アクセス可能なディスク領域だけではありません。
OSのキャッシュ、レジストリ情報、さらには通常ユーザーが目にすることのないシステム領域など、コンピュータシステムのあらゆる部分に及びます。
分析と結論の導出
調査によって抽出されたデータや痕跡は、次に詳細な分析の対象になります。フォレンジックアナリストは、さまざまな方法論や専門的なツールを駆使して、これらの情報からインシデントの全体像を再構築します。
何が起こったのか、だれが関与したのか、どのようにして行われたのかといった疑問に答えるための洞察を引き出す重要な工程です。
例えば、意図的に隠蔽されたデータやメタデータを発見するために、以下が挙げられます。
- 稼働中のシステムから揮発性データを収集・分析する「ライブアナリシス」
- 画像ファイルなどに情報を埋め込む「ステガノグラフィ」によって隠された情報を明らかにする「逆ステガノグラフィ」
- 複数のハードディスクドライブから得られた情報を関連付けて分析する「クロスドライブアナリシス」
分析は単一の手法に留まらず、事案の特性やデータの種類に応じて複数のアプローチが試みられる、探求的かつ反復的なプロセスとなる場合が少なくありません。
報告書の作成と提示
すべての調査・分析が完了すると、フォレンジック専門家はその結果をまとめた正式な報告書を作成します。
報告書には、調査の目的、対象範囲、実施した手順、発見された事実、分析に基づく結論(インシデントの経緯、原因、関与者など)、それらを裏付ける証拠の詳細が記載されます。
報告書の内容は事案によって異なりますが、サイバー攻撃の調査であれば、将来の同様の攻撃を防ぐための脆弱性の修正やセキュリティ対策の強化に関する具体的な提言が含まれる場合も多いです。
作成された報告書は、法廷での証拠提示、法執行機関や規制当局への報告、保険会社とのやり取り、あるいは社内での意思決定など、さまざまな目的で利用されます。
デジタルフォレンジック調査の種類

デジタルフォレンジック調査は、インシデントの性質や調査対象によってさまざまな種類に分類されます。それぞれの調査には特有のアプローチと技術が必要となり、専門的な知識を活用した効果的な調査の実施が求められます。
マルウェア感染調査
マルウェア感染調査は、コンピュータやサーバーがマルウェアに感染した際に実施される調査です。マルウェア感染調査では、感染したシステムのメモリダンプやログファイルを詳細に解析し、マルウェアの種類、感染経路、攻撃者の意図などを解明します。
調査の過程では、マルウェアの挙動パターンを分析してどのような情報が流出したか、システムのどの部分が影響を受けたかを特定します。特に重要なのは、マルウェアが他のシステムに拡散する可能性があるため、迅速な対応が必要となる点です。
感染の兆候が少しでも見られた場合は、直ちに該当機器をネットワークから隔離し、二次被害を防ぐことが最優先となります。
従業員による情報持ち出しの調査
内部不正による情報漏えいは、企業にとって深刻な脅威です。
従業員による不正な情報持ち出しが疑われる場合、デジタルフォレンジック調査では対象者のPCやスマートフォンのファイルアクセス履歴、USBデバイスの接続履歴、メール送信記録、クラウドストレージへのアップロード履歴などを徹底的に分析します。
調査では持ち出された情報の内容、時期、方法、情報の最終的な行き先の特定が主な目的です。
正社員だけでなく、派遣社員や業務委託先の従業員による情報持ち出しのケースもあるため、雇用形態に関わらず適切な調査を実施しなければなりません。
Webサイトの改ざん調査
Webサイトの改ざんは、企業の信用失墜やマルウェア配布の踏み台として悪用される可能性があるため、発見次第速やかな対応が必要です。
デジタルフォレンジック調査では、Webサーバーのアクセスログ、エラーログ、システムログなどを分析し、攻撃者の侵入経路や改ざんの手法を解明します。
調査の際は改ざんされたファイルの内容を精査し、攻撃者が埋め込んだ不正なコードやバックドアの存在を確認します。改ざんによる二次被害を防ぐため、必要に応じてWebサイトの一時的な公開停止やネットワーク遮断などの措置を取ることについても検討が必要です。
不正アクセス調査
不正アクセス調査は、外部からの不正な侵入や権限昇格などのインシデントに対して実施されます。
不正アクセス調査では、ファイアウォールログ、認証ログ、ネットワーク機器のログなどを総合的に分析し、攻撃者の侵入経路、使用された攻撃手法、アクセスされたデータの範囲などを特定します。
調査のポイントは単に侵入の事実を確認するだけでなく、なぜその侵入が可能だったのか、システムのどこに脆弱性があったのかを明らかにする点です。
これにより、同様の攻撃を防ぐための具体的な対策の立案が可能になります。
データ改ざん・破壊の調査
データの改ざんや破壊は、業務の継続性に直接的な影響を与える重大なインシデントです。
データ改ざん・破壊の調査では、データベースのトランザクションログ、ファイルシステムのジャーナル、バックアップとの差分比較などを通じて、いつ、だれが、どのようにデータを改ざん・破壊したかを解明します。
特に重要なのは、改ざんされたデータの復元可能性の評価と、改ざんの動機や目的の推定です。
内部犯行の可能性がある場合は、アクセス権限の管理状況や操作履歴の詳細な分析が必要です。改ざんされたデータが業務にどのような影響を与えたかを評価し、適切な復旧計画の立案も調査の重要なポイントになります。
デジタルフォレンジックの具体的な事例紹介

デジタルフォレンジックは、理論だけでなく、実際の事件やインシデントにおいて具体的な成果を上げています。サイバー犯罪の捜査から企業内の不正調査、さらには民事訴訟に至るまで、その活用範囲は広いです。
サイバー犯罪捜査 (不正アクセス、マルウェア感染等)
サイバー犯罪は年々巧妙化・悪質化しており、その捜査においてデジタルフォレンジックは不可欠な役割を担っています。
例えば、不正アクセス事件では、攻撃者がシステムに侵入した経路(脆弱なVPNアカウントの悪用など)、侵入後の行動、窃取された情報などを特定するために、サーバーやネットワーク機器のログ、被害端末のディスクイメージなどが詳細に解析されます。
ランサムウェアによる被害が発生した場合、感染経路の特定、暗号化されたファイルの範囲、情報が外部に送信されたか(二重恐喝の可能性)などの調査が必要です。マルウェア感染事案では、マルウェア自体の解析(リバースエンジニアリング)に加えてC&Cサーバーとの通信記録などを追跡し、攻撃者のインフラを特定する場合もあります。
これらの調査結果は、被害の全容解明だけでなく、再発防止策の策定や場合によっては法執行機関による犯人特定にもつながります。
過去には、大相撲の野球賭博・八百長問題や森友学園の決裁文書改ざん事件のように、社会的に大きな注目を集めた事件においても、携帯電話の通信履歴の解析やPC内のデータ復元といったフォレンジック調査が真相解明に貢献しました。
これらの事例は、技術的な痕跡から人間の行動や意図を推測し、法的な判断材料を提供するフォレンジックの力を示しています。
企業内不正調査 (情報漏えい、横領等)
企業内部で発生する不正行為の調査においても、デジタルフォレンジックは強力なツールとなります。代表的なのが、役員や従業員による機密情報の持ち出し、顧客情報の私的利用、横領、ハラスメントといった事案です。
対象者の業務用PC、スマートフォン、電子メール、ファイルサーバーのアクセスログなどが調査対象になります。
例えば、退職予定の従業員が競合他社への転職に際して企業の営業秘密を持ち出した疑いがある場合です。当該従業員のPCのUSB接続履歴、外部ストレージへのファイルコピー履歴、私用メールアカウントへのデータ送信履歴などが調査されます。
クラウドサービス(SaaS)が不正に利用されるケースも増えており、管理権限の悪用や、個人利用のクラウドストレージへの業務データアップロードといった行為の痕跡を追跡します。
しかし、SaaS環境ではログの保存期間が短い、あるいは必要なログが取得設定されていないなどの理由で、証拠が既に失われている場合も少なくありません。クラウド時代の内部不正調査の難しさを示しています。
フォレンジック調査によって得られた客観的な証拠は、社内での懲戒処分の判断や、損害賠償請求などの法的措置を検討する上で重要な根拠になります。
民事訴訟における証拠収集
民事訴訟においても、契約不履行、知的財産権侵害、労働問題など、デジタルデータが証拠として重要な意味を持つケースが増えています。
例えば、電子メールのやり取りが契約内容の解釈を左右する場合や、プログラムのソースコードの類似性が著作権侵害の争点となる場合などです。
このような訴訟では、デジタルフォレンジックの手法を用いて収集・保全・分析された電子証拠が裁判所に提出されます。電子契約のデータは法的に「準文書」として扱われ、タイムスタンプや電子署名によって契約の成立時期や非改ざん性が証明されれば、有効な証拠として認められます。
ただし、デジタルデータは容易に改変が可能です。そのため、証拠の収集・保全プロセス全体の正当性と、データの完全性が厳格に問われます。フォレンジック専門家は、これらの法的要件を満たす形で証拠を取り扱い、必要に応じてそのプロセスを詳細に説明する責任を負います。
これらの事例からわかるように、デジタルフォレンジックは単に技術的な問題を解決するだけではありません。人間の行動や意図を明らかにし、法的な文脈で事実を認定するための重要な手段です。
ただし、調査の焦点や証拠の解釈はサイバー攻撃、内部不正、民事訴訟といった事案のコンテキストによって大きく異なるため、それぞれの状況に応じた専門的なアプローチが求められます。
デジタルフォレンジック導入のメリット

デジタルフォレンジックを導入・活用することで、企業や組織は多くのメリットがあります。インシデント対応の迅速化から法的対応力の強化、予防的効果まで、その恩恵はさまざまです。
インシデントの迅速かつ正確な原因究明と被害最小化
サイバー攻撃や情報漏えいなどのインシデントが発生した際、デジタルフォレンジック調査によって攻撃経路や影響範囲を迅速かつ正確な特定が可能です。専門的な手法を用いて収集・分析されたデータは、攻撃の手法、侵入経路、影響範囲、漏えいした情報の種類などを明確に示し、被害の全容を明らかにします。
迅速な原因究明により、被害の拡大を最小限に抑えられます。
例えば、マルウェアに感染した機器を速やかに特定してネットワークから隔離したり、不正アクセスに使用されたアカウントを無効化したりするなど、適切な初動対応を取ることが可能です。
また、インシデント対応と並行して証拠データを収集・保全すると、貴重な情報が失われるのを防ぎ、将来の調査や分析に活用できます。
法的証拠の確保と訴訟対応力の強化
専門的な手順に従って収集・分析されたデジタル証拠は、法廷において高い証拠能力を持ちます。
デジタルフォレンジックの手法を用いれば、証拠の「完全性」と「証拠能力」が維持され、改ざんされていないオリジナルの状態を客観的に示せます。
これにより、不正行為者に対する責任追及や、民事訴訟における自社の正当性の主張が有利に進められる可能性が高いです。
特に、電子メールのやり取りが契約内容の解釈を左右する場合や、プログラムのソースコードの類似性が著作権侵害の争点となる場合などです。
デジタルデータが重要な証拠となるケースでは、フォレンジック調査の結果が訴訟の行方を大きく左右する場合もあります。
セキュリティ体制の評価と強化
フォレンジック調査を通じて、自社の情報システムの脆弱性やセキュリティ対策の不備が明らかになる場合があります。
インシデントの調査過程で発見されたシステムの脆弱性、不適切な設定、運用上の問題点などは、組織のセキュリティ体制を見直す貴重な機会です。
これらの知見をもとに具体的な改善策を立てると、将来のインシデント発生リスクを低減できます。例えば、ファイアウォールの設定強化、認証システムの改善、アクセス権限の見直し、セキュリティパッチの適用管理の改善などです。調査結果に基づいた実効性の高い対策を実施できます。
内部不正の抑止効果
企業が不正行為に対してフォレンジック調査を導入し、厳正に対処する姿勢を示すことは、従業員による不正行為を未然に防ぐ抑止力としての機能が期待されます。
デジタルフォレンジック技術により、削除されたファイルの復元、メールの送受信履歴の追跡、USBデバイスの接続履歴の確認など、さまざまな行動の痕跡を追跡できることが周知されれば、不正行為を思いとどまらせる効果があります。
実際に内部不正が発生した場合でも、迅速かつ確実に証拠を収集して適切な処分を行えば、組織全体に対して不正は許されないという明確なメッセージの発信が可能です。
これにより、健全な組織文化の醸成と、コンプライアンス意識の向上にもつながります。
コンプライアンス要件への対応
個人情報保護法など、各種法令遵守の観点からもフォレンジック調査は重要です。2022年4月に施行された改正個人情報保護法では、情報漏えい等が発生した場合の個人情報保護委員会への報告および本人への通知が義務化され、違反した場合の罰則も強化されました。
法的要件に対応するためには、インシデント発生時に迅速かつ適切な調査を行い、事実関係を正確に把握しなければなりません。
デジタルフォレンジックの手法を用いると、漏えいした情報の範囲、原因、影響を受けた個人の特定などを確実に行うことができ、法令で求められる報告や通知の適切な実施が可能です。
また、監査対応においても、システムログの適切な保存と分析能力は重要です。デジタルフォレンジックの導入は、組織のコンプライアンス体制全体の強化につながります。
デジタルフォレンジック導入の課題

デジタルフォレンジックの導入は、組織にとって多くのメリットをもたらしますが、同時にいくつかの課題や注意すべき点もあります。これらを理解しておくことが、効果的な活用につながります。
技術的課題
デジタルフォレンジックを導入・活用するにあたって、企業や組織は以下のような技術的課題に直面します。
証拠となるデータが暗号化されている場合、復号キーがなければ解析が著しく困難になります。
現代のシステムは膨大な量のデータを生成するため、その収集、保存、分析には多大な時間とリソースが必要です。そのため、処理遅延を引き起こす可能性があります。
データ量の爆発的な増加は、証拠発見の可能性を高める一方で、調査の複雑性とコストを増大させ、プライバシー保護の観点からも新たな課題を生んでいます。
クラウドデータの取得困難性も大きな課題です。クラウド上に保存されたデータは証拠の収集が難しい場合があります。
- 物理的なアクセスの制限
- サービスプロバイダの協力が必要
- ログの保存期間が短い
特にSaaS環境では、ログの保存期間がデフォルトで短く設定されている場合や、十分なログが取得されていない場合があります。事前のフォレンジック調査への備えが不十分だと、いざという時に証拠が消失してしまい調査が難航するケースも少なくありません。
法的・倫理的課題
セキュリティ体制の評価と強化においては、フォレンジック調査を通じて、自社の情報システムの脆弱性やセキュリティ対策の不備が明らかになる場合があります。
内部不正の抑止効果として、企業が不正行為に対してフォレンジック調査を導入し、厳正に対処する姿勢を示せば、従業員による不正行為を未然に防ぐ抑止力として機能することが期待されます。
コンプライアンス要件への対応において、個人情報保護法など、各種法令遵守の観点からもフォレンジック調査は重要です。
情報漏えいインシデント発生時には、当局への報告や関係者への通知が義務付けられる場合があり、その際の事実確認や原因究明に役立ちます。
捜査を妨害するアンチフォレンジック技術とその対策

デジタルフォレンジック調査の対象となる攻撃者は、自身の行為を隠蔽し、追跡を逃れるためにさまざまな技術や手法を駆使します。これらの技術は総称して「アンチフォレンジック」と呼ばれ、フォレンジック調査官にとって大きな挑戦です。
代表的なアンチフォレンジックの手法には以下のようなものがあります。
- 専用のデータ消去ツールを用いてディスクセクタを上書きし、完全にデータを消去
- データの暗号化により、窃取したデータや活動記録を暗号化して内容確認を妨害
- タイムスタンプの改ざんで攻撃の正確なタイムラインを不明瞭にし、ログの改ざん・削除により侵入の痕跡を消去
- 画像ファイルなどに別のデータを埋め込んで隠蔽し、難読化によりマルウェアのコードを複雑化して解析を妨害
対策としては、堅牢なフォレンジックツールの活用、削除されたファイルの断片探索やログ間の不整合確認などの細心の分析、そしてこれらの隠蔽技術に関する深い知識が求められます。
また、改ざんが困難な形でログを集中管理するシステム(SIEMなど)を導入し、リアルタイムで監視を行うのも有効です。
デジタル証拠の法的有効性と日本における関連法規

デジタルフォレンジックによって収集・分析されたデジタル証拠が法的に有効と認められるためには、「真正性」と「完全性」の証明が必要です。
フォレンジックイメージの作成とハッシュ値による同一性の検証、証拠の収集から保管、分析に至る全過程を記録した管理連鎖(Chain of Custody)の維持が極めて重要です。
法的に証拠として利用するためには、手続きの正当性、解析の正確性、第三者による検証可能性が求められます。日本においては「電子署名法」により、一定の要件を満たした電子署名が付された電子文書は法的効力が認められています。
また、2022年4月施行の改正「個人情報保護法」では、情報漏えい時の報告・通知が義務化され、デジタルフォレンジックの重要性が一層高まっています。
デジタル社会の安全を守るデジタルフォレンジックの未来

デジタルフォレンジックは、サイバー犯罪捜査、企業内不正の解明、民事訴訟での証拠収集など、多岐にわたる分野で重要な役割を果たしています。
IoTデバイスの普及、クラウドコンピューティングの浸透、AIを活用した高度なサイバー攻撃など、新たな課題に対応していかなければなりません。
フォレンジック技術もAIや機械学習の活用、ブロックチェーンによる証拠の信頼性確保など、より洗練された方向へと進化しています。
しかし、熟練した専門家の不足という課題も存在します。デジタル社会の安全と信頼を維持するため、組織においては平時からの「フォレンジックレディネス」を高め、有事に備える体制を構築しましょう。
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