「スピアフィッシング」とは、無差別にメールを送りつける従来のフィッシング詐欺とは異なり、特定の企業や個人を狙い撃ちにする、非常に巧妙で危険なサイバー攻撃です。
攻撃者は取引先や同僚になりすまし、機密情報や金銭を盗み出そうとします。実際に、大手企業で数百万件規模の情報漏えいが発生するなど、その被害は深刻化しています。
本記事では、スピアフィッシングの基本的な意味やフィッシングとの違いから、具体的な攻撃手口、実際に起きた被害事例、そして企業と従業員それぞれが実施すべき対策までをわかりやすく解説します。
目次
スピアフィッシングとは?

スピアフィッシングとは、特定の企業や組織、個人を標的として行われるサイバー攻撃の一種です。「標的型攻撃」に分類されます。
その名称は、魚を槍(Spear)で狙って突くことに由来しており、網を使って無差別に魚を獲る従来のフィッシング(Phishing)とは対照的な手段です。攻撃者は、攻撃対象の組織や個人の情報を事前に徹底的に調査します。
例えば、SNSや企業のウェブサイト、公開情報から、役職、業務内容、人間関係、取引先の情報などを収集します。
その上で、収集した情報を基に、業務に関係する内容を装った巧妙なメールを作成し攻撃する手口です。ターゲットを騙して添付ファイルを開かせたり、偽サイトへ誘導します。
スピアフィッシングは受信者個人に合わせて内容を変えるため、正規のメールと見抜くのが難しい特徴があります。
そのため、従業員が騙されやすく、企業の情報資産を脅かす非常に危険な手法です。
スピアフィッシングとフィッシングの違い
スピアフィッシングとフィッシングの最も大きな違いは、「攻撃対象の特定性」と「手口の巧妙さ」にあります。
フィッシングが不特定多数に同じ内容のメールを大量に送りつける「ばらまき型」であるのに対し、スピアフィッシングは特定の標的に狙いを定めて攻撃を仕掛ける「標的型」です。
この違いを理解するために、両者の特徴を比較したのが以下の表です。
項目 |
スピアフィッシング |
フィッシング |
攻撃対象 |
特定の個人・組織 |
不特定多数 |
事前調査 |
ターゲットの情報を念入りに収集する |
行わない、または簡易的 |
メール内容 |
業務内容や人間関係を反映し、個人向けに最適化されている |
定型的で汎用的な文面 |
攻撃の目的 |
機密情報窃取、システムへの侵入、金銭詐取など多岐にわたる |
ID、パスワード、クレジットカード情報などの詐取が主 |
見抜く難易度 |
高い |
比較的低い |
スピアフィッシングはターゲットを深く調査し、その状況に合わせてカスタマイズされたアプローチをとります。
例えば、経理担当者には請求書を装ったメール、人事担当者には履歴書を装ったメールを送るなど、業務との関連性が高く、つい信じてしまいそうな内容で攻撃してきます。
このため、従業員一人ひとりが「自分も標的になりうる」という意識を持つことが重要です。。
経営層や幹部を狙う「ホエーリング」とは?
ホエーリングとは、スピアフィッシングの中でも特に、企業のCEOやCFO、役員といった経営層や幹部を標的とする攻撃手法を指します。
「ホエール(Whale)=クジラ」を釣るという意味合いから、組織内の「大物」を狙うことを意味します。
経営層が狙われる理由は、彼らが企業の重要情報へのアクセス権限や多額の送金を承認する決済権限を保有しているためです。
攻撃者にとって、経営層は攻撃を一度成功させるだけで大きな成果を得られる、価値の高いターゲットに映ります。
具体的な手口としては、以下のようなものが挙げられます。
- ビジネスメール詐欺(BEC): CEOになりすまし、「至急の案件だ」と経理担当者に偽の送金指示を出す。
- 機密情報の窃取:弁護士やコンサルタントを装い、役員宛に「機密のM&Aに関する資料」と称してマルウェア付きのファイルを送付する。
- アカウント情報の詐取:システム管理者からの通知と見せかけ、社内システムのログイン情報を更新するよう促す偽のウェブサイトへ誘導する。
このように、ホエーリングは企業の根幹を揺るがす甚大な被害に直結する可能性があります。そのため、役職者自身が標的となるリスクを深く認識し、一般従業員以上に高度なセキュリティ意識を持つことが不可欠です。
スピアフィッシング攻撃の手口と流れ

スピアフィッシング攻撃は、単にメールを送って終わりではありません。攻撃者は周到な計画に基づき、複数の段階を経て目的を達成しようと試みます。
そのプロセスは、大きく「初期侵入」「内部活動(横展開)」「目的の実行」に分けられます。
ここでは、攻撃者がターゲットを選定してから、最終的に情報を窃取するまでの一般的な流れを5つのステップで解説します。
1.ターゲットの選定
攻撃の最初のステップは、目的を達成するために最も効果的な侵入経路となるターゲット(組織や個人)を選定することです。
攻撃者は、金銭的な利益や特定の機密情報など、明確な目的を持って行動します。ターゲットを選定する際には、以下のような観点が考慮されます。
- 保有情報:狙っている技術情報や顧客情報、個人情報を保有しているか。
- セキュリティレベル: 侵入が比較的容易と推測されるセキュリティホールはどこか。
- 組織内の立場: 重要な情報にアクセスできる権限を持つ従業員や、外部とのやり取りが多い部署の担当者など。
例えば、新技術の情報を盗むことが目的ならば開発部門の従業員が、金銭の詐取が目的ならば経理部門の担当者やその承認者である役員がターゲットとして選ばれる傾向が見られます。
2.情報収集
ターゲットを定めた後、攻撃者は攻撃の成功率を高めるために、そのターゲットに関する情報を徹底的に収集します。この情報収集には、主に以下のような公開されている情報が活用されます。
情報収集の対象 |
具体的な収集内容 |
企業のウェブサイト |
組織図、役員名、従業員の氏名・役職、プレスリリース、取引先情報 |
SNS(LinkedIn, Facebookなど) |
個人の経歴、所属部署、同僚や上司との関係、趣味、投稿内容 |
業界ニュース・イベント情報 |
参加予定のイベント、最近の業務内容、業界の動向 |
過去の漏えい情報 |
ダークウェブなどで取引されている過去のIDやパスワード |
これらの断片的な情報を組み合わせることで、攻撃者はターゲットの業務内容や人間関係を詳細に把握し、より自然で信憑性の高い「なりすましメール」を作成するための土台を築きます。
3.巧妙なメールやメッセージの作成
収集した情報を基に、攻撃者はターゲットを欺くための極めて巧妙なメールやメッセージを作成します。
この段階の目的は、受信者が疑うことなく、それが正規の業務連絡であると信じ込ませることです。
作成されるメールは、以下のような特徴を持っています。
- 件名と本文の具体性:「【経理部】XX社からの請求書(No.12345)の件」「【XXプロジェクト】定例会議の議事録共有」など、具体的な業務内容やプロジェクト名、取引先名が盛り込まれています。
- 自然な文体:攻撃対象の組織で使われている専門用語や社内用語、過去のメールの文面などを模倣し、違和感のない自然な文章を作成します。
- 送信者の偽装:役職者や同僚、取引先の担当者の氏名を使い、メールアドレスも本物と酷似したもの(例: oを0に変えるなど)を準備します。
こうした細部にわたる作り込みによって、受信者はメールの内容を疑いにくくなります。この入念な準備こそが、スピアフィッシングの成功率を高める要因です。
4.メール・メッセージの送信
用意周到に作成されたメールは、ターゲットに送信されます。
攻撃者は、単にメールを送るだけでなく、その効果を最大化するために送信のタイミングを慎重に見計らいます。
例えば、以下のようなタイミングが狙われやすくなります。
- 業務が立て込み、注意力が散漫になりがちな月曜の午前中や金曜の午後
- 決算期やプロジェクトの納期直前など、多忙を極める時期
- 経営層や担当者が出張中など、本人に直接確認しづらい状況
攻撃者は、ターゲットが冷静な判断を下しにくい状況を作り出し、メールに記載された指示にすぐ従ってしまうように仕向けます。メールを開かせるだけでなく、その後の行動まで計算されているのが、スピアフィッシングの恐ろしさです。
5.情報搾取/攻撃実行
標的型メールは、攻撃の最終目的を達成するための「入口」に過ぎません。
従業員がメールの罠にはまった後、攻撃は複数の段階を経て本格化し、組織に甚大な被害をもたらします。
攻撃の実行フェーズは、主に以下の流れで進行します。
段階 |
攻撃者の行動 |
1. 初期侵入 |
ターゲットがメールの添付ファイルを開いたり、本文中のURLをクリックしたりすることで、PCがマルウェアに感染します。これにより、攻撃者は組織のネットワーク内への足がかり(バックドア)を確保します。 |
2. 内部活動(横展開) |
侵入に成功した攻撃者は、すぐに行動を起こしません。潜伏しながら、感染したPCを起点にネットワーク内部を偵察し、IDやパスワードなどの認証情報を盗み出します。そして、それらの情報を使って他のサーバーや端末へと侵入範囲を水平に広げていきます(ラテラルムーブメント)。 |
3. 目的の実行 |
ネットワーク内の重要な情報(顧客情報、技術情報など)が保管されているサーバーに到達した攻撃者は、最終目的を実行に移します。具体的には、機密情報を外部サーバーへ転送して窃取したり、システム全体をランサムウェアで暗号化して身代金を要求したりします。 |
そのため、入口対策だけでなく、侵入後の検知や対応策も極めて重要です。
巧妙化する主なスピアフィッシングの手口

スピアフィッシング攻撃は、手口が日々進化し、より巧妙かつ悪質になっています。
攻撃者は、単にメールを送るだけでなく、人間の心理的な隙や行動の癖を巧みに利用する「ソーシャルエンジニアリング」の要素を組み合わせることで、成功率を高めようとします。
古典的な手法が依然として有効である一方で、AIのような最新技術を悪用した新たな手口も登場しており、企業は常に最新の攻撃トレンドを把握しておくことが必要です。
ここでは、特に注意すべき代表的な手口を5つ紹介します。
上司や同僚、取引先を騙る「なりすましメール」
最も典型的でありながら、依然として強力な手法が、上司や同僚、頻繁にやり取りのある取引先といった「信頼できる関係者」になりすます手口です。
人間は、権威のある人物や親しい間柄の相手からの依頼を無条件に信じやすいという心理的な傾向があります。攻撃者はこの点を巧みに突いてきます。
具体的な例としては、以下のようなケースが挙げられます。
- 経営層へのなりすまし:CEOを装い、「極秘の買収案件だ。至急、指定の口座に資金を振り込んでほしい」と経理担当役員に指示する(ビジネスメール詐欺)。
- 同僚へのなりすまし:プロジェクトメンバーを装い、「【重要】資料修正のお願い」という件名でマルウェア付きのファイルを送付する。
- 取引先へのなりすまし:請求元になりすまし、「振込先口座が変更になりましたので、今後は下記の新口座へお願いします」と連絡し、金銭を詐取する。
これらのメールは、普段の業務の文脈に沿って作られているため、受信者は疑いを抱きにくく、指示に従ってしまう可能性が高まります。
公的機関や有名企業を装った通知
攻撃者は、社会的な信用度が高い公的機関(税務署、年金事務所など)や、多くの人が利用する有名企業(大手IT企業、金融機関、配送業者など)になりすましてメールを送る手口も多用します。
受信者は、これらの組織からの公式な通知であると誤認し、警戒心なく指示に従ってしまいがちです。
このようなメールは、巧妙に作られた偽のロゴやフッター情報が使われており、一見すると本物と見分けがつきません。
特に公的機関を装う場合、法的な義務や手続きを匂わせることで、受信者に冷静な判断をさせないように仕向けるのが特徴です。
なりすましの対象 |
主なメールの内容例 |
税務署や国税庁 |
「未払いの税金に関する通知」「電子納税システムe-Taxの重要な更新」 |
保健所や厚生労働省 |
「新たな感染症に関する注意喚起」「助成金・給付金の申請案内」 |
大手IT企業(Google, Microsoftなど) |
「アカウントのセキュリティ警告」「ストレージ容量の超過通知」 |
配送業者(ヤマト運輸, 佐川急便など) |
「お荷物のお届けに関するお知らせ(不在通知)」 |
AIや生成ツールを利用した高度なメッセージ作成
近年のスピアフィッシング攻撃では、AI(人工知能)、特に生成AIツールの悪用が新たな脅威となっています。
かつては、不自然な日本語の表現が詐欺メールを見破る一つの手がかりでしたが、AIの進化によりその常識は通用しなくなりつつあります。
生成AIを活用することで、攻撃者は以下のような高度な攻撃を容易に実行できるようになりました。
- 文法の完璧な文章作成:ターゲットの業種や役職に合わせて、専門用語を交えた極めて自然で流暢な文章を瞬時に生成できます。
- 多言語への対応:外資系企業との取引を装う際など、ネイティブレベルの外国語メールを簡単に作成することが可能です。
- 個人に最適化された文面:SNSの投稿内容などをAIに読み込ませ、個人の興味や関心、性格に合わせたパーソナライズされたメールを作成します。
これにより、攻撃の準備にかかる時間とコストが大幅に削減され、より多くの攻撃者が質の高いスピアフィッシング攻撃を仕掛けられるようになりました。
ソーシャルエンジニアリングとの組み合わせ
スピアフィッシング自体が、人の心理的な脆弱性を突く「ソーシャルエンジニアリング」の一種ですが、他のソーシャルエンジニアリング手法と組み合わせることで、その効果を増幅させます。
攻撃者は、メールだけでなく、複数のチャネルを駆使してターゲットを巧みに信用させようと試みます。
この手法の目的は、ターゲットの中に「これは信頼できる情報源からの連絡だ」という確信を植え付けることです。
例えば、以下のような手口が確認されています。
- 電話による事前連絡:「後ほど、XX社の佐藤と申します者から、システム更新に関する重要なメールをお送りします」とIT部門を装って電話で予告し、その後に標的型メールを送信する。
- 物理的なメディアの利用:企業のロゴが入ったUSBメモリをわざと執務室の近くに落としておき、拾った従業員がPCに挿入することでマルウェアに感染させる。
- SNSでの接触:SNSでターゲットに接触し、ビジネス上の関係を築いた上で、信頼関係が生まれた頃合いを見て悪意のあるリンクを含むメッセージを送る。
このように、オンラインとオフラインの手口を組み合わせることで、攻撃の信憑性を高め、セキュリティ意識の高い従業員さえも騙すことが可能になります。
緊急性・権威性・限定性の心理操縦
スピアフィッシングメールの多くは、受信者の正常な判断力を奪うために、特定の心理的トリガーを利用します。
特に多用されるのが「緊急性」「権威性」「限定性」を強調する表現です。
これらの要素を巧みに組み合わせることで、受信者に「すぐに行動しなければならない」という焦燥感を抱かせ、メールの内容を吟味する時間を与えません。
これらの心理操縦テクニックは、人間の認知バイアス(思い込みや先入観)を利用するものです。
多忙な業務の中では、こうしたメールに対して一つひとつ真偽を確認する余裕がなく、反射的に行動してしまう危険性が高まります。
心理的トリガー |
特徴 |
メールでの表現例 |
緊急性 |
「今すぐ」「至急」といった言葉で、行動を急かせる。「対応しないと不利益が生じる」という恐怖心を煽る。 |
「本日中にご対応ください」「24時間以内にパスワードを更新しないとアカウントがロックされます」 |
権威性 |
CEOや役員、弁護士、公的機関といった権威のある立場を装い、指示に従わざるを得ない状況を作り出す。 |
「CEOのXXです。至急、この件を進めてください」「国税庁からの最終通告です」 |
限定性 |
「あなただけに」「選ばれた方限定」といった言葉で特別感を演出し、自分だけが利益を得られる、あるいは自分だけが知るべき情報だと思わせる。 |
「機密情報のため、他言無用でお願いします」「本メールを受け取った方限定の優待案内」 |
国内で起きたスピアフィッシングの被害事例

国内においても、業種や規模を問わず多くの企業や組織が標的とされ、実際に甚大な被害が発生しています。
ここでは、スピアフィッシングが原因となった代表的な3つの事例を紹介し、その手口と影響の深刻さを具体的に見ていきましょう。
事例1:取引先を装うメールから始まった大手旅行会社の個人情報流出
この事例は、たった一通のなりすましメールが、大規模な情報漏えいにつながった典型的なケースです。
攻撃者は、航空会社を装い、件名を「航空券eチケットお客さま控え」とした標的型メールを旅行会社の従業員に送信しました。
メールを受信した従業員は、日常的な業務と関連性が高い内容であったため疑いを抱かず、添付されていた悪意のあるファイルを開いてしまいます。
その結果、使用していたPCがマルウェアに感染し、攻撃者はネットワーク内部への侵入口を確保しました。
攻撃者はそのPCを足がかりに内部での活動範囲を広げ、最終的に顧客情報を管理するサーバーに不正アクセスします。
これにより、氏名、国籍、パスポート番号といった極めて機密性の高い個人情報が、約679万件も流出した可能性が指摘されました。
この事件は、日々の業務に潜む危険性と、一人の従業員の行動が組織全体に与える影響の大きさを浮き彫りにしました。
事例2:公的機関を狙った攻撃による大規模な個人情報漏えい
この事例は、年金関連情報を管理する公的機関が標的となり、約125万件もの個人情報が漏えいした事件です。
攻撃者は、業務に関連すると思われる件名のメールを複数パターン作成し、職員宛に送信しました。
その手口は非常に巧妙で、正規の業務連絡であると職員に信じ込ませるものでした。
メールにはマルウェアが仕込まれたファイルが添付されており、複数の職員がファイルを開封したことで、端末がウイルスに感染します。
感染を足がかりに、攻撃者は組織のネットワーク内部へ侵入し、年金加入者の氏名、基礎年金番号、生年月日、住所といった重要な個人情報を不正に窃取しました。
この事件が社会に与えた衝撃は大きく、公的機関であってもスピアフィッシング攻撃の標的となりうること、そして職員のセキュリティ意識の向上が不可欠であることを世に知らしめる結果となりました。
組織的なセキュリティ対策と同時に、職員一人ひとりの警戒心が最終的な防御ラインとなることを示す教訓的な事例です。
事例3:海外大手IT企業を標的とした偽請求書による詐欺事件
スピアフィッシングは、情報窃取だけでなく、直接的な金銭詐取を目的としても実行されます。
その代表例が、海外の大手IT企業2社が標的となり、総額1億ドル以上をだまし取られたビジネスメール詐欺です。
この事件の攻撃者は、両社が取引していた実在のアジア系大手ハードウェアメーカーになりすましました。
攻撃者は、偽の法人名で会社を設立し、銀行口座を開設するなど、周到な準備を行います。その上で、本物の取引先を装った偽の請求書や電子メールを、企業の経理担当者宛に送付し続けました。
担当者は、普段から取引のある企業からの請求であると信じ込み、約2年間にわたって、指定された偽の口座に送金を繰り返していました。
この事例は、経営層だけでなく、財務や経理部門の担当者もホエーリングやBECの重要な標的であることを示しています。
また、メールの内容だけでなく、請求書や送金先といった情報の正当性を確認する業務プロセスの重要性を浮き彫りにしました。
企業がスピアフィッシング被害から守るために実施すべきセキュリティ対策

巧妙化するスピアフィッシング攻撃から企業の貴重な情報資産を守るためには、単一の対策だけでは不十分です。技術的な対策と人的な対策を組み合わせた、多層的な防御アプローチが不可欠となります。
ここでは、企業が実施すべき具体的な対策を4つの観点から解説します。
セキュリティソフトやフィルタリング機能で不審なメールをブロックする
スピアフィッシング対策の第一歩は、脅威を組織のネットワーク内に入れない「入口対策」です。
その中核をなすのが、セキュリティソフトやメールフィルタリングシステムの活用です。
これらの技術的な仕組みにより、悪意のあるメールが従業員の手元に届く前に自動的に検知・ブロックすることができます。
具体的な対策としては、以下のようなものが挙げられます。
対策の種類 |
主な機能と効果 |
アンチウイルスソフト |
メールの添付ファイルをスキャンし、既知のマルウェアやウイルスを検知・駆除します。 |
メールフィルタリング |
送信元のIPアドレスや過去のスパム送信履歴などから、不審なメールを迷惑メールフォルダに振り分けるか、受信をブロックします。 |
サンドボックス |
メールの添付ファイルやリンクを、隔離された安全な仮想環境(サンドボックス)で実行し、その挙動を分析します。悪意のある動作が確認された場合のみ、そのメールをブロックする仕組みです。未知のマルウェアにも対応できる可能性があります。 |
URLフィルタリング |
メール本文に記載されたURLが、フィッシングサイトやマルウェア配布サイトのブラックリストに含まれていないか照合し、危険なサイトへのアクセスを未然に防ぎます。 |
これらの技術を導入することで、多くの脅威を水際で食い止めることができ、従業員が危険なメールに接触する機会を大幅に減らす効果が期待できます。
標的型攻撃メール訓練や定期的なセキュリティ教育を実施する
どれだけ高度な技術的対策を導入しても、それをすり抜けてくる攻撃は存在します。最後の砦となるのは、従業員一人ひとりのセキュリティ意識と判断力です。そのため、継続的な教育と実践的な訓練が極めて重要になります。
この対策の目的は、従業員がスピアフィッシングメールの特徴を理解し、実際に受信した際に冷静かつ適切に対応できる能力を養うことです。
具体的な取り組みとしては、以下の2つが中心となります。
定期的なセキュリティ教育
全従業員を対象に、スピアフィッシングの最新手口や事例、見破るためのポイント、不審なメールを受信した際の報告手順などを学ぶ研修会を定期的に実施します。これにより、組織全体のセキュリティリテラシーの底上げを図ります。
標的型攻撃メール訓練:
実際にスピアフィッシングを模した訓練メールを従業員に送信し、誰が開封してしまうのか、報告は正しく行われるかといった対応状況を測定します。訓練結果を分析し、個々の従業員や部署ごとの課題を明確にすることで、より効果的な教育につなげることが可能です。
これらの人的対策は、技術的対策を補完し、組織の防御壁をより強固にするために不可欠な要素です。
フィルタ・認証システム・セキュリティ製品の導入
メールのフィルタリング機能に加えて、認証システムや先進的なセキュリティ製品を導入することは、スピアフィッシング対策をより強固にする上で非常に有効です。
特に、IDやパスワードといった認証情報が詐取された際の保険として、多層的な防御策を講じておくことが求められます。
なぜなら、IDとパスワードのみの認証では、フィッシングサイトなどで情報が盗まれた場合に攻撃者の不正アクセスを容易に許してしまうからです。
そこで、認証プロセスを強化したり、なりすましメールそのものを検知する技術を導入したりする必要があります。
具体的に導入を検討すべきシステムや技術には、以下のようなものがあります。
技術・システム |
概要と期待される効果 |
多要素認証(MFA) |
パスワードに加えて、スマートフォンアプリへの通知、SMSで送られる確認コード、指紋認証など、複数の異なる要素を組み合わせて本人確認を行います。仮にパスワードが漏えいしても、不正ログインを防ぐことが可能です。 |
送信ドメイン認証技術 (SPF, DKIM, DMARC) |
送信元のメールサーバーが正当なものであるかを検証する技術です。これにより、送信元を偽装した「なりすましメール」を高い精度で検知し、受信者が受け取る前にブロックできます。 |
CASB (Cloud Access Security Broker) |
従業員によるクラウドサービス(Microsoft 365, Google Workspaceなど)の利用状況を可視化し、制御する仕組みです。不審な場所からのアクセスや、大量のデータダウンロードといった異常な振る舞いを検知し、情報漏えいを防ぎます。 |
これらのシステムを自社の環境に合わせて適切に組み合わせることで、万が一の事態に備えたセーフティネットを構築し、組織全体のセキュリティレベルを一段階引き上げることが可能です。
エンドポイントセキュリティの強化
攻撃者の侵入を100%防ぐことは現実的に困難である、という前提に立つことも重要です。そのため、万が一マルウェアに感染し、ネットワーク内部への侵入を許してしまった場合に備え、PCやサーバーといった「エンドポイント」での検知・対応能力を強化する対策が不可欠となります。
従来のアンチウイルスソフトは、既知のウイルスパターン(シグネチャ)に基づいて脅威を検知するため、未知のマルウェアやファイルレス攻撃(ファイルを作成せずにメモリ上で実行される攻撃)には対応しきれないケースがあります。
攻撃者は侵入後、内部で活動を広げて目的を達成しようとするため、その不審な動きを早期に捉え、封じ込める「出口対策」が求められるのです。
エンドポイントセキュリティを強化するための具体的なソリューションとして、以下のものが挙げられます。
- EDR (Endpoint Detection and Response):PCやサーバーの動作ログを常時監視し、通常とは異なる不審な挙動(例:深夜の重要ファイルへのアクセス)を検知・分析します。
- NGAV (Next Generation Antivirus):AIや機械学習技術を活用し、プログラムの「振る舞い」から脅威を判断します。
- 脆弱性管理の徹底:OSや各種ソフトウェアの定期的に脆弱性情報を収集し、修正プログラムを速やかに適用することで、攻撃の足がかりをなくします。
このように、侵入されることを前提としたエンドポイント対策は、被害の発生や拡大を最小限に食い止めるための最後の砦として、現代のセキュリティ戦略において欠かせません。
スピアフィッシングの脅威を理解し、組織的なセキュリティ対策を実施しよう

スピアフィッシングは特定の個人や組織を狙う、極めて巧妙なサイバー攻撃です。
その手口は日々進化しており、従来のセキュリティ対策だけでは防御が困難になっています。
企業の重要な情報資産を守るためには、フィルタリングのような技術的対策と、従業員教育といった人的対策を組み合わせた多層的な防御アプローチが不可欠です。
巧妙化する攻撃を防ぐための具体的なステップをまとめた資料「セキュリティトラブルを防ぐ、最もシンプルな3つの対策」をご用意しました。
従業員のリテラシー向上策や万が一侵入された場合に有効な最終防衛ラインの構築など、今すぐ取り組むべきポイントを解説しています。
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