「これまで通りの取引運用で問題ないのか」と不安を感じる企業担当者も少なくありません。取適法(トリテキホウ)は、取引の適正化を目的として事業者に一定の配慮や対応を求める制度です。
本記事では、制度の背景と目的を踏まえながら、実務上とくに意識すべき基本ポイントを整理します。
目次
取適法(トリテキホウ)とは何か
まずは取適法(トリテキホウ)についての正式名称や制度の位置づけ、ほかの取引関連法令との違いを解説します。
取適法の正式名称と制度の位置づけ
「取適法」は、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」の通称であり、事業者間の公正な取引を確保することを目的とした法律です。この法律は、2024年11月1日から施行されたばかりの、フリーランス(個人)と企業(発注者)の取引を守るためのルールでもあるため、一般的には「フリーランス新法」とも呼ばれています。
主なねらいは、発注側と受注側の間に生じがちな力関係の不均衡に着目し、従来の商慣行で見過ごされてきた取引条件の不透明さや一方的な負担といった不適切な慣行を是正することにあります。
この制度は、取引に関する一定のルールを設けることで、健全で公平な取引関係の構築を促進する点に大きな特徴があります。
他の取引関連法令との違い
取適法は、下請法などの既存の取引関連法令と目的の一部が共通しつつも、適用範囲と基本的な考え方に違いがあります。
取適法と下請法の主な違い
- 着目点の違い:
下請法が資本金区分などの形式的な基準を重視するのに対し、取適法は取引の実態や立場の優劣に着目し、より広範な取引関係をカバーします。
- 適用対象の違い(フリーランスとの取引):
下請法では資本金1,000万円以下の企業は「親事業者」として義務の対象外ですが、取適法では相手がフリーランスの場合、資本金1,000万円以下の企業であっても、実質的に資本金による適用除外がなくなり、義務の対象です。
このため、企業は従来法規制の対象外と考えられていた取引についても取適法の観点から配慮が求められ、より丁寧な取引管理が必須となっています。
取適法が制定された背景と制度の目的
従来の取引慣行が抱えていた課題
事業者間取引の現場では、契約条件の明確化が不十分なまま業務が進められたり、立場の強い発注側の都合が優先されるケースが少なからず存在してきました。例えば、業務内容や報酬条件が曖昧なまま作業が開始される、追加対応が当然のように求められるといった慣行です。
こうした状況は、受注側にとって不利益となるだけでなく、発注側にとってもトラブルや信頼低下のリスクを内包しています。取適法は、こうした「慣習だから」「今まで問題なかった」という曖昧な運用に一定の歯止めをかける役割を担っています。
内閣官房が行った「フリーランス実態調査結果」では受注側が納得できない行為を受けたことがあると回答した割合は約3割を占めています。こうした背景から取適法が制定されました。
Q.発注者との取引の中で、次のようなあなたが納得できない行為を受けたことがありますか。
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出典:内閣官房「令和4年度フリーランス実態調査結果」 (資料:令和4年度フリーランス実態調査結果 PDF)
取引の「適正化」とは何を意味するのか
取適法が目指す取引の「適正化」とは、単に発注側を規制するのではなく、取引の透明性を高め、発注側・受注側双方にとって持続可能な関係を築くことを本質的な目的としています。
具体的には、業務内容、報酬、対応範囲などを事前に明確にし、双方が合意したうえで業務を進めることが求められます。これにより、後からの一方的な条件変更や過度な負担を防止し、取引の健全性を確保します。
取適法の対象となる取引・事業者の範囲

取適法が対象となる取引や事業者の範囲についても詳しく解説していきます。
対象となる取引形態の考え方
「取適法」の対象となる取引形態は、業種や企業規模に関わらず、「特定受託事業者」(従業員を使用しない個人または法人)への業務委託であるか否かで判断されます。
特に重要な点
- 発注側が従業員を使用する事業者である場合、資本金の額に関係なく、本法の適用対象です。
- 取引書面の有無や契約形態によらず、実際の取引の運用が判断基準です。
- 形式上対等な契約であっても、実態として発注側の意向が強く反映され、受注側(特定受託事業者)が不利な条件を受け入れざるを得ない状況にある場合、本法の趣旨に沿った発注側の配慮が求められる可能性があります。
発注側・受注側それぞれの立場
取適法に基づき、取引における発注側・受注側の双方には、それぞれの立場に応じた役割と責任が求められます。
発注側は、業務内容や取引条件を明確に定めることに加え、受注側に過大な負担や不利益を負わせないよう配慮する義務があります。
一方、受注側も、条件が不明瞭なまま業務を受注することのリスクを認識し、必要に応じて条件の確認や合意形成を行うことが重要です。
取適法は、どちらか一方を保護するための法律ではなく、取引に関わる両者が健全な関係を構築し、維持していくための共通基盤となるルールと位置づけられます。
取適法で問題となる主な行為・禁止事項
取適法では取引条件の不明確さや不利益の強要に関する行為の禁止事項があります。具体例や判断が難しいグレーゾーンへの対応について解説していきます。
不適切な取引行為の具体例
取適法の観点から問題視されるのは、主に取引条件の不明確さや、発注側から受注側への一方的な不利益の強要に関する行為です。
具体的な例としては、以下のようなケースが挙げられます。
- 事前の合意がない追加業務の要求
- 報酬額や対応範囲の事後的な変更
- 業務完了後の条件変更
- 合理的な理由に基づかない報酬支払いの遅延
これらの行為は、「合意内容と実際の運用が一致しているか」という重要な判断基準に照らして、不適切な取引慣行と見なされやすいものです。
判断が分かれやすいグレーゾーン
実務上悩ましいのは、すべてが明確に違反と判断できるわけではない点です。たとえば、軽微な修正依頼や業務範囲内とも解釈できる対応については、どこまでが正当な依頼で、どこからが過度な負担なのか判断が分かれる場合があります。
こうしたグレーゾーンでは、業務開始前にどこまでを対応範囲とするか合意できているか、追加対応に対する説明や調整が行われているかが重要です。結果として、日常的なコミュニケーションと記録の積み重ねが、リスク回避につながるといえます。
違反した場合のリスクと企業への影響
万が一取適法に違反した場合、リスクや企業への影響はどのようなものがあるのか。
行政指導や是正対応の可能性や企業への影響について詳しく解説していきます。
行政指導・是正対応の可能性
取適法に違反しても、すぐに重罰が科されるわけではありませんが、行政指導や是正措置を求められる可能性があります。指摘を受けた場合、取引条件や運用方法の見直し、社内体制の整備といった実務的な対応が不可欠です。
特に、取引実態が恒常的に問題視されると、個別の是正にとどまらず、取引全体での運用改善が求められることも想定されます。結果として、事後の対応は業務負担を大幅に増加させる要因となります。
企業活動への間接的な影響
取適法に違反した場合、行政処分への対応だけでなく、企業活動に深刻な影響を及ぼす間接的なリスクも生じます。具体的には、取引先からの信頼失墜や、社会的な評価の低下などが挙げられ、これらは無視できない要素です。
また、取引条件の運用が不透明であると、判断基準が担当者間で異なり、対応の属人化を引き起こします。その結果、業務効率の低下やトラブルの再発につながるだけでなく、長期的には企業全体の競争力にも悪影響を及ぼす可能性があります。
企業が取り組むべき取適法の重要ポイントと実務的な対応策
リスクや企業へ影響を与えないためにも、取適法に沿った取引は重要です。
取り組む際に重要なポイントと実務的な対応策をご紹介します。
取引条件と運用の明確化
取適法への対応の第一歩は、現在の取引条件や運用ルールに曖昧な点がないかを徹底的に点検し、見直すことです。業務内容、責任範囲、報酬の取り決めといった重要事項が明確に文書化されているか、また、それが実際の運用と乖離していないかを確認する必要があります。
また、本法では契約締結時のみならず、「募集段階」における情報の正確性も厳格に求められています。SNSや求人サイト等でフリーランスを募集する際、虚偽の表示や誤解を招く表示は禁止されており、以下の6項目の明示が義務付けられました。
【募集時に明示すべき6項目】
- 氏名または名称(発注者の名前)
- 住所
- 連絡先
- 業務の内容
- 業務に従事する場所
- 報酬額
これらが欠けている場合、法令違反となる可能性があるため、発注側は特に注意が必要です。
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出典:厚生労働省「フリーランスとして業務を行う方・発注事業者の方へ(パンフレット)」 (資料:パンフレットPDF 10ページ参照)
特に、これまでの口頭や慣習に基づいていた取り決めについては、書面やデータとして記録に残すことで、後日の認識の相違やトラブルのリスクを大幅に軽減できます。新しいシステムやルールを導入する前に、まずは現状の運用を「棚卸し」し、明確化することが実務対応の基盤です。
組織全体での意識共有と体制構築
取適法への対応は、特定の部署や担当者任せにするのではなく、取引に関わるすべての部門(営業、購買、法務、経理など)が共通の理解を持つことが不可欠です。
「これまで問題が起きていないから大丈夫」という安易な考え方を排し、取引条件の確認や変更時には必ず立ち止まって検討する姿勢を組織全体で共有することが重要です。
これにより、属人化による判断のブレを防ぎ、個別の問題対応に追われるのではなく、組織として一貫性のある、安定した取引運用が実現できます。
取引適正化に向けた今後の対応の考え方
取適法対応は負担ではなく、経営戦略の一環として捉えるべき好機
取適法への対応は、多くの企業にとって、新たな手続きの導入や既存業務フローの見直しを伴うため、一見すると「追加業務」や「制約の増加」といったネガティブな負担として捉えられがちです。しかし、この法令対応の本質は、一時的なコストや制約ではなく、企業活動の透明性を高め、長期的な競争力を強化するための「投資」と捉えるべきです。
取適法への対応を機に、購買業務全体のガバナンスを見直したい方は、購買業務の内部統制の重要性と5つのポイントを解説の記事が参考になります。
1.業務の明確化による効率アップとトラブル防止
法令遵守の過程で必須となるのが、取引条件や業務範囲の徹底的な明確化です。これにより、以下のような具体的な効果が生まれます。
- 社内判断基準の統一と迅速化: 曖昧だった業務プロセスや判断基準が整理され、全社的なルールとして確立されます。これにより、個別の案件ごとに発生していた「誰に確認すべきか」「どこまでが担当範囲か」といった不要な調整や待ち時間が大幅に削減され、意思決定のスピードが向上します。
- 潜在的なリスクの特定と未然防止: 業務範囲や責任の所在が明確になることで、過去に見過ごされがちだった取引上のリスクや、不適切な慣行が洗い出されます。これにより、取引先との契約トラブル、法的な係争、あるいは社内の不正行為といった重大なリスクを事前に察知し、適切な対策を講じることが可能です。
- 担当者の心理的負担の軽減: ルールが明確になることで、「この条件で取引を進めても問題ないか」といった個々の担当者が抱える不安や心理的な負担が軽減され、より本質的な業務に集中できます。
2.全社的な運用体制の確立によるガバナンス強化
取適法への対応を単なる「個別の案件処理」や「法務部門のタスク」に留めるのではなく、全社的なルールや運用体制として確立し、組織全体に浸透させることが極めて重要です。この全社的なアプローチこそが、持続的なメリットを生み出します。
- 統合的なリスク管理体制の構築: 法令遵守のためのチェック体制や報告ルートが全社的に標準化されます。これにより、リスク情報が迅速かつ正確に経営層に伝達されるようになり、企業のガバナンス(統治能力)が飛躍的に強化されます。
- 企業文化としてのコンプライアンスの定着: 法令遵守が「やらされるもの」ではなく、「企業として当然果たすべき責任」という意識に変わり、コンプライアンスを重視する企業文化が醸成されます。これは、顧客や社会からの信頼を高める上で不可欠な要素です。
- 結果としての業務効率の最大化: 一見遠回りに見える法令対応の徹底が、実はもっとも近道です。明確化されたルールと統一されたプロセスに基づき業務が遂行されるため、手戻りや二重作業が減少し、結果として組織全体の生産性と業務効率が向上します。
結論として、取適法への対応は、企業が自社の取引のあり方や内部統制の仕組みを見直し、業務効率の向上、リスク管理の強化、そして社会的な信頼性の獲得という、三位一体のメリットを享受するための絶好の機会と言えます。これは、単なる法令遵守を超えた、攻めの経営戦略の一環として積極的に取り組むべき課題です。
おわりに.法対応を機に「取引のデジタル化」を加速させる
2024年11月に施行された「取適法」は、企業にとって負担が増えるものと捉えられがちです。しかし、視点を変えれば、これは不透明だったフリーランスとの取引をクリーンにし、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する絶好の機会でもあります。
煩雑な書面交付や履歴管理を、手作業からシステムへと移行させることで、法対応と業務効率化を同時に実現できます。
「PROCURESUITE」をはじめとする調達支援システムを導入することで、「どのフリーランスに、いつ、どのような条件で発注したか」がリアルタイムで可視化されます。法対応を「守り」で終わらせず、企業の信頼性と生産性を高める「攻め」の投資として、システムの検討を始めてみてはいかがでしょうか。
まとめ
取適法は、事業者間取引における不適切な慣行を是正し、取引の透明性と公正性を高めることを目的とした制度です。単なる法令対応にとどまらず、取引条件の明確化や運用ルールの整理を通じて、企業活動全体の安定性を高める役割を担っています。
自社の取引が対象となるかを確認したうえで、曖昧な慣習や属人化した判断がないかを見直すことが重要です。取適法への対応をきっかけに、健全で持続可能な取引関係の構築を進めることが、今後の企業経営において大きな意味を持つといえるでしょう。
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